覚書/草莽の志士

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help リーダーに追加 RSS On a small bridge in Iraq

<<   作成日時 : 2005/07/10 03:22   >>

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 ステルスを捕獲する事は出来ない。手の届く空域をはばたいてみせるが、その怪鳥を捕らえるアミは世界中の何処のペットショップにも置かれてはいない。頻繁に闇夜に活動する性癖では地上にその影も落さない。だがあの宵、満月に呼ばれた御子は見た。月の明かりの直径を横切る1匹のいびつな影を、どす黒い災厄を ―

 その二日後の宵、御子は都上空に旋回するハゲタカの無数の光を見た。ファルコン、ホーネット、ストラトフォートレス、コブラ、アパッチら、彼方から千回以上飛来しそのハラワタぶちまけて消えた。と同時に、北と南の湾上で錨を降ろした巨大クラゲが吐きつけたタンには火だるまのマグロが四百匹は紛れ込んでいた ―

 黒い黄金の地に生まれた者、黒い黄金の地を目指す者。御子は前者、帝国は後者。この惑星一の埋蔵量を秘めた御子の庭周辺にテキサスの油馬が父の代から周到にマーキングを付けていた。政権打倒、大量破壊兵器破壊、関連あるテロリスト拘束、油井の安全確保、民主的な新政権作りの環境整備等、8つ指折る以前から ―

 御子が満月に呼ばれたあの宵からを“自由”作戦と銘打ち、その一環として“衝撃と恐怖”作戦と位置付ける文明がある。端末に届けられた妻からの結婚記念日の知らせを寡黙な中央司令官が広げた頃、春分の日にピクニックへ出かけた誰かがレジャーシートを広げた頃、御子の足下には砂漠が、頭上には空爆が広がった ―

 「飛んで行くミサイルが見えるなら、君は攻撃目標では無い」と零した軍人の格言通り御子は攻撃目標では無い。ましてそれをモニターする誰も攻撃目標で無いが、発弾と着弾のループ映像がゲーセンと同じ興奮に達す前に知れ!真の映像はジュネーブの約束に隠されながらモニターからはみ出す金切り声、置き去りの死 ―

 透明なハンマーを取り出し音も無くモニターを叩き壊すと僕は、御子の国の小さな橋を渡って来た旅の者に耳を傾けた。発射する側ではなくそれが到達する側を見てしまった。油田の毒トカゲが御子の国の唯一の椅子にとぐろを巻いて座し、惑星の決議も大儀もまとえずにテキサスの油馬が前足を激しく踏み鳴らしている ―

 雨、雨、雨。降水雨量は来る日も来る日も更新されている。そしてまた雨。その度に増す乾き。花は枯れ、樹は折れ、瓦礫は踊り、蛇口を捻る度に御子の咽はひび割れてゆく。そこら中に雨あられ。ハシで飛ぶハエを捕まえる武術家に似た技術を誇る兵器が、巡回バスに、青果市場に、集合住宅に、ピンポイント誤爆する ―

 ウーウーと叫ぶサイレン、ウーウーと吠える風、ウーウーと泣く御子。テロ根絶の鎮魂歌はテロ再生の協奏曲しか奏でない。生き残された女が、生き延びた男が死の淵で背中に亡骸の焼き印を押されて立上がる。天空に届いた二つの塔をなぎ倒した砂漠の大蛇は霧深き谷の奥底で苛立つよりむしろ、ほくそ笑んで横たわる ―

 2、4、24、自国の民の屍が異国に転がり動揺し始めた帝国。が、その数でポーカーを競えば御子はロイヤルストレートを並べ勝ち上がる。砂漠のオアシス付近や商店街一帯に重ねられたモノは荷物では無く、人。天使らは総出で駆け回り手をあて見開いた瞼を次々閉じ、輪廻は遥かな僕の町に降りて櫻の花を開く ―

 他国の長でも無ければ世論でも無く、神でも無く。最後まで止めようとしがみついたのは砂、この惑星の肉片。緑を生け贄に自らの縄張りを広めた砂がしがみつく。120m砲、機関銃、レーダー、無線機、目鼻、生殖器、パウダー状の砂は穴と言う穴に侵入して。吹き荒れる砂嵐の中に呆然と立ち尽くす大隊、行く御子 ―

 テキサスの油馬の丘、威風堂々とはためく旗の傍らに小さく黄色いリボンが揺れていた。郵便箱へ戦地からの便りが届くよりも早く、玄関には星条旗に覆われた棺が帰還した。油田の毒トカゲの丘、戦々恐々とはためく旗の傍らに白いタオルが凪いでいた。御子は暖かいスープの匂いを求め、冷めたウランの匂いを漂わせて ―

 僕の町の上空の青を霞ませるそれはいつもと違う場所から来た。それは8千kmの彼方で吹き上げられて、それはユーフラテス川からアラビア海を航り、それはヒマラヤ山脈を越え、それはチベット高原を駈け、それは万里の長城を辿り、僕の町の上空の青を霞ませたのは春先の使者、黄砂。それは砂の粉では無く、砂の涙 ―

 通行許可証の無い出稼ぎ労働者にその橋を渡る術は無い。だが、越えたとして帰る家が無い。樹に実るべき物も無く、井戸に溜まるべき物も無い。薬も無くベッドも無く麻酔も無い病院を引っ切り無しに目指す救急車。跡形も無い発電所には静電気しか無い為に霊安室の冷蔵庫が稼動しない。目覚めたら御子には両手が無い ―

 無い、無い、何処にも無い。査察犬の鼻でも嗅ぎつけれない殺戮の具は都が落ちて未だ一つと見当たらない。武器商人と、油売りと、保守主義の新しい波が描いた大儀は前世紀から届いた白紙の回覧か?彼らが鼻を突き合わせて大声で唄うゴスペルは13才の少女の独唱に遠く及ばない。少女の唄が御子の両手に満ちてゆく ―

 油田の毒トカゲの巨像がなぎ倒される瞬間にテキサスの油馬は雄叫びを上げたが、それはベルリンの壁では無い。そこら中の屍を見よ!暴力と略奪が横行し町が無秩序状態に陥る事は「自由の代償」では無い。オレンジ色に霞む太陽の下、帝国の兵士が信仰心に引裂かれながら屍を回収する中、僕の懐には決算賞与が落ちた ―

 このところ。雨は不発率が高く、一滴の雨の中に二百粒以上の雨粒が収められていた。水汲みの少女は通りで雨粒を拾い、街頭に展開する十字軍に手渡した瞬間に吹き飛んだ。極めて到達率は深く、一滴の雨は雑作も無く月のクレーターを形取れた。そいつに小型の核を搭載しようと、どさくさの中で条項廃止を目論む影絵 ―

 農場で発見したドラム缶は殺虫剤だった。報道官、司令官、長官、信者らが繰り返した「其処にゆけばアル」とは進撃の呪文か?引金を何処にも発見出来ないにも関わらず査察再開を拒み、隠れん坊の鬼を続ける真意とは?その足掛りとして随所で引用し引き摺り回したカメルの証言に「破棄された」とあるのをひた隠して ―

 世論は人参のようにテキサスの油馬にかじり取られた。油田の毒トカゲの獣道を目の当たりにして世界中のデモは踊り場で揺いだ。帝国が復旧事業を続々受注し、油田に陣取り、通貨を空輸し、基地に半永久的駐留を望むのは、御子を捜す為では無い。じきに中東民主化のショーウィンドウが開店する。僕ら良く知る所の ―

 兵士らを「解放者」と呼ぶジャーナリズムは女兵士救出劇を西部劇風に仕立て、ハーフタイムのチアリーダーに仕上げ、ロッカールームでお尋ね者トランプに興じた。次第に視聴率は目減りしても昼夜問わず垂れ流されたクソを再現するゲームが売れ始めた。“衝撃と恐怖”の商標登録を申し出た巨人のジョークは吊されて ―

 数えられる死の対岸には数えられない死がある。世界中の玄関でチャイムを押されて布教されたドクトリンが“幸福”を流布するより“呪い”を蔓延させる。札束だけでは足りず心音と魂を投資すれば採算に乗る「戦争」と言う名のビジネス、ビジネスと言う名のソレ。海上の艦上の壇上でテキサスの油馬は目をしばたかせ ―

 占領地に累々並ぶ段ボール、名前と日付が記されただけの墓標。それさえ見当たらない段ボールに敵も味方も宗教も無い。浅く埋葬した我が子に土をかけるしかない宿無し、それは僕。御子の声に促されようやく立ち去った。貝殻を耳に押しあてたように繰り返す声「いつかその子の頭を持って来て、躰と一緒に埋めてあげて」 ―


※上記した物は池澤夏樹メールコラム『新世紀へようこそ』の「読者コメント(2003年3月)On a small bridge in I」として一部掲載された原文です。
http://www.impala.jp/century/index.html

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